それは僕がこの街に引っ越してきた、小学校5年生の夏休みのことだった。
「こっち、こっちだよ」
古めかしい石の鳥居の前で瑠環が手招きしている。
これまで商店街や今度から通う事になる小学校やらを案内してもらってさんざん歩いたというのに、
瑠環は疲れた様子もなく、とてとてと常に僕の前を歩いていく。
「ちょっと待ってくれよ」
昼過ぎの一番熱い時間。天気もよくて日差しもきつい。
おまけにすごい蝉の声だ。こんなの前にいた街ではこれほどではなかった。
瑠環はよく平気でいるものだ。
僕はすでに汗びっしょりでTシャツが肌に張り付いて気持ちわるいのだが、瑠環の蓬色のワンピースは爽やかな清涼感を保ち続けている。
僕も2つも年下の女の子の前で情けないところを見せたくないから結構やせ我慢してるんだけどそろそろ限界が近い。
鳥居をくぐるとそこは何もない。ただの広場だった。
「こっちだよ、ここ上がったところ」
マジですか?
瑠環が指さしたのは広場の奥、天まで続いているんじゃないかという長い石段だった。
「ここを上がるのか」
「うん。この上にいるよ」
友達を紹介したいって瑠環が言うからついてきたけれど・・・。
僕は石段を見上げた。
「どれくらいあるんだよこれ・・・」
「ゴジラを尻尾の先から頭の上に登るのと同じくらいって先生が言ってた」
「わかりやすいな、それ」
でもゴジラって時代によって倍ぐらいの大きさになってた気がする。
せめて昭和ゴジラでありますように。
僕はそう祈りつつ軽やかに駆け上がっていく瑠環を追って石段を登り始めた。
平成ゴジラだった・・・。
ようやく登りきった時にはやせ我慢するための体力すらも尽き果てていた。
登りきった先は小さな社とお堂があるだけのちょっとした広場だ。
広場の真ん中で腕を組んで仁王立ちしているのが、瑠環が会わせたがっていた友達だろう。
「来たか瑠環ぴょん」
なんだよぴょんって・・・。
変なあだ名とその様子を見て、あいつがなぜこんな場所にいるのかわかった気がした。
煙となんとかは高いところに登りたがるってやつだ。
「なんだ?これくらいでばててるのか?」
なんだこのイケメン。
それがそいつの第一印象だった。
背丈は僕よりちょこっと低いくらいだが、ノースリーブのシャツとショートパンツやら伸びた日に焼けた手足はすらりと長く、ひきしまっててかっいい。その上顔も小さくて、少し眺めの髪がなんかキザったらしく見えた。
「情けないな、瑠環は平気な顔してるじゃないか」
初対面の相手に対して失礼なやつだ。
「お兄ちゃんはまだ慣れてないから」
「瑠環、会わせたかった奴ってこいつか?」
「うん。ミュラちゃん。あたしの友達だよ」
ミュラ?男の名前じゃないよな・・・。こいつ女だったのか。
いや、確かにボーイッシュな美少女とみればその方が納得できる。
「よろしくな、お兄ちゃん」
「あんたにお兄ちゃんって呼ばれる筋合いはない」
「いいじゃないか。お前5年だろう?わたしは4年だからな」
一つ下のくせにお前呼ばわりかよ。
僕はこのミュラに対する警戒心を上げる。
こういうのに舐められると面倒なことになりそうだ。
「大体、こんなところで何やってるんだよ?何もないじゃないか、ここ」
ちょっとした広場だがそれだけだ。ボールを使った遊びもこの高台では不向きだろう。ふとした拍子にボールがどこまで落っこちるかわかったもんじゃない。
「そうか?石段上がるの競争したり、虫捕まえたり、木登りしたり、相撲したり。見晴らしもいいし、ここでお弁当食べると美味しいんだぞ?」
今時、男子でもそんな遊びはしない。
とんだわんぱくキングじゃないか。
「あたしもミュラちゃんと遊ぶのは楽しい」
・・・こいつもか・・・。
「いつも二人なのか?」
「ううん。今日は暑いから、みんなは学校のプールに行った」
「そうだ。お前のためにわざわざここで待ってたんだぞ?」
この場所は彼女達のグループにとって特別な場所らしい。
たまり場、いや、きっと秘密基地なんだ。
でも、できれば僕もプールに行きたかった。
転校は2学期からだけど、使わせてもらえないだろうかと考えてみる。
「でもその様子じゃ、一緒にここで遊ぶのは無理かもな。瑠環ぴょん、どうする?」
「お兄ちゃん、ここ登るのつらい?」
つらい。とは言えなかった。
僕にもお兄ちゃんとしてのプライドがある。
「こ、これくらい何でもないよ。本気になれば、女の子に負けたりはしない」
柄にもなく僕はムキになっていたと思う。
「ふぅん、なら勝負だよ」
「な、なんだよ?」
随分挑戦的な奴だ。まさか喧嘩でもしようって言うんじゃないだろうな?
僕は周囲からはおとなしい方と言われている。兄弟もいないし、友達も似たようなタイプが多かったから、蹴ったり殴ったりの喧嘩なんて小学校に入ってからはほとんどやってない。
しかしそいつは、内心で怯んでいる僕のことなどお構いなしという感じで柔軟なんぞはじめている。
足がほぼ180度開いている。どんだけ体柔らかいんだよ。
見るからに運動できますって感じだけど、この様子だと実際できるんだろう。
「さぁ、こいっ!」
足を開き、腰を低く落として地面に拳を付いたこの独特の構えは・・・。
「相撲かよっ!」
「うん?別に喧嘩したいならそれでもいいよ?」
流石にそれは無い。
女の子を殴るくらいなら負け犬でいいけれど、勝負から逃げるのも格好悪い。
何より瑠環が見ている。瑠環の前で逃げ出すような真似はしたくなかった。
「お兄ちゃん、がんばって」
瑠環も止める気はないらしい。
僕は腹をくくった。
絶対こいつに勝つ。
「土俵は?」
「ん?瞬殺してやるからいらない」
笑って言いやがった。
上等だっ!
僕はミュラと向かい合って、同じように構える。
行司役は瑠環だ。なんか慣れてる気がするのは、きっと目の前にいるこいつのせいだろう。
「はっけよい、のこった!」
体格では勝っているのだ。ぶっとばしてやるつもりでぶつかっていった。
しかし力負けしたのは僕の方だった。
倒れそうになるのを相手にしがみついて堪えようとしたが、あっさり投げられて地面に大の字に倒されていた。
たぶん5秒も経ってないだろう。本当に瞬殺だった。
「ミュラの勝ち。お兄ちゃん大丈夫?」
澄んだ青空を遮って、瑠環が覗き込んでくる。仰向けのまま動かない僕を心配したのだろう。
投げられたダメージはあまりない。あまりにあっけなく負けたことが衝撃的で起き上がれないでいただけだ。
「大丈夫だよ」
格好悪くて顔を背けた。
「・・・弱い。これならまだ瑠環ぴょんの方が強いよ」
「お、お兄ちゃんはまだ慣れてないからっ!」
追い打ちをかけてくるミュラ。
フォローになってない瑠環。
くそっ!
僕は起き上がって言った。
「もう一回だ!」
だめだ、勝てない・・・。
時間はそれほど経ってはいないようだが、何度も投げられて僕は全身汗と土にまみれ、膝や肘に出来たは擦り傷からは血がにじんでいる。
「そろそろ降参かな」
一矢も報いることができないまま、僕はもはや起き上がることもできない。
負けを認めざるを得なかった。
「お腹すいた。ねぇ、お団子買ってきて」
しばらくして僕が起き上がれるくらいにまで回復すると、ミュラがこっちを見て言った。
「パシリかよ。なんで僕が」
「負けたんだから当然」
くそっ。だから舐められたくなかったんだ。
「あたしも行こうか?」
「ダメだよ瑠環ぴょん。これはお兄ちゃんを鍛えるためなんだから」
別にお前に鍛えてもらうつもりはない。
「金ならもってないよ?」
もし家から持ってきてまで奢れとか言うようなら、瑠環には悪いけれどこのまま帰ろう。
そう考えて立ち上がった。
「それは大丈夫。これを使いなよ」
そう言ってミュラはポケットからしわくちゃになった紙切れを取り出した。
紙幣ほどのそれには、明らかに子供の手作りといった感じで、だんご10本券と書いてあった。
「これでどうしろって言うんだよっ!」
からかっているんだとしたら、ずいぶん用意周到だ。
「神社の石段下りたところに闇月庵って和菓子屋があるから、そこででそれを見せればいいんだよ?」
「見るからに手作りだろう、使えるのかよ?」
「大丈夫、ちゃんともらえるよ」
ミュラはともかく瑠環は僕を騙したりしないだろう。
ご町内の企画で、こういうサービスをしているお店もあるかも知れない。
「行ってくる」
10分以内というミュラ声を無視して僕は石段を下り始めた。
本当にもらえたよ。
まぁ、理由はなんてことは無い。
あの和菓子屋、ミュラの家だったんじゃないか。
闇月庵は木造平屋建ての歴史を感じさせる和菓子屋だった。
そこでお店にいた女性に「おだんご10本券」をみせると、その女性は目を丸くして僕のなりを見た。それで全てを察したらしい。
「娘がごめんなさいね」と言って擦り傷の手当と、3人分の紙皿と紙コップ、麦茶の入った水筒まで持たせてくれた。
それらの入った闇月庵のロゴの入った紙袋をもって、僕は石段を上がっていく。
携帯の時計で時間を見ると20分が立っていた。
ようやく僕が石段を登り終えて見たものは、広場の真ん中で倒れている二人。
「大丈夫かっ!?」
慌てて駆け寄る。
よく聞く熱中症とかだろうか?
すぐに大人を呼ばなければいけない。いや?救急車か?
携帯電話を取り出して、119を押そうとしたところでむくりと瑠環が起き上がった。
心配する僕に、白い歯をみせてVサイン。
晴れやかに笑う顔も蓬色のワンピースも泥だらけだ。
「敵はとったよ」
あっけにとられた僕の手から携帯電話が落っこちた。
「負けたぁーっ!」
大の字になったわんぱくキングの声が夏の空に響いた。
「「「乾杯」」」
それを合図に僕たち三人は一気に紙コップの中身を飲み干す。
のどはからからだったし、冷たい麦茶はめちゃくちゃ美味しかった。
「本当にこいつに勝てたのか?」
正直信じられなかったのだが、瑠環は僕の言葉に頷く。
「まわしをしてたら無理だったかも」
それを聴いてなるほどと思った。
今日の瑠環は蓬色のワンピース。ミュラには掴むところがないというハンデがあったわけだ。
「ほら、食べよう。うちのお団子は美味しいよ。今朝わたしも作るの手伝ったんだからね」
もらってきた団子をミュラが紙皿に取り分けている。
団子は10本。僕たちは3人。
ミュラは紙皿に3、3、4で分けると。4本入のを僕にくれた。
「何だよ、いいのか?」
串に刺さった団子は3つ。余った一本は独り占めしなくても、それをバラして分ければいい。
「ん。いっぱい食べて強くなれ」
団子をくわえた瑠環もほむほむと同意の意思を示している。
なんだ、こいつ結構いいやつなんじゃないか。
僕のミュラへの印象はいつのまにか好意的なものに変わっていた。
もらった団子を一本ばらすと一個ずつ二人の皿に置く。
「ミュラは僕に勝ったご褒美、瑠環は敵をとってくれたお礼ってことで」
二人はちょっと不思議そうな顔をして顔を見合わせると、もぐもぐと口の中を空にして。
「もらっておこう」
「いただきます」
二人は同時にその一粒をほおばった。
夏休みが終わって、学校が始まると僕もクラスの中で新しい友達ができたりしてそっちと遊ぶことが多くなり、だんだんミュラとは疎遠になっていった。
その後、僕がアークス学園中等部に進学するとすっかり会うこともなくなり、あの夏遊んだ記憶も薄れっていった。
そして1年が過ぎた春。
中等部二年生になって最初の登校日。
桜並木を歩く僕の背中を誰かが叩いた。
「おはようございます、先輩」
振り返ると、知らない少女がそこにいた。
長くて黒い髪をポニーテールにした小柄な子だ。
新入生だろう。真新しい制服が初々しい。
健康的な色の肌と、ややあがり気味の目元が特徴的な、きらきらとした黒目がちの目は彼女の溢れ出る活力を表すかのようだ。
一度会ったら忘れそうにないような可愛い子なのだが、生憎本当に覚えがなかった。
「えっと、君は?前に会ったけ?」
喜怒哀楽がはっきりしているのだろう。その子は不服そうに頬を膨らましてみせる。
「あの?本気で言ってるんですか?」
上目遣いなその様子が可愛くてドキリとした。
「ええ・・・。はい・・・」
「本当の本当にわかんないんですか・・・?」
少女には悪いが、「イエス」と答えざるをえない。こくりと頷く。
少女は諦めたように大きく息をはいた。
「もう。先輩って、頭まで弱い人だったんですね」
なかなかに失礼な後輩だ。
なんだよ、頭までって・・・。
「昔一緒に遊んだじゃないですか?瑠環ぴょんと先輩の三人で」
「あ、あーーっ!」
ようやく思い当たるフシを見つけて、僕は声を上げた。
瑠環を瑠環ぴょんとか変な呼び方してたのは記憶の中で一人だけだ。
言われてみれば、日焼け具合と髪型を変えれば確かにこの顔には見覚えが有った。
「闇月庵とこのミュラか、ごめん。わからなかった」
女の子らしい口調で、僕のことを先輩なんて呼んでくるのだ。
目の前の可憐な少女と、かつてのわんぱくキングを同一人物として重ねて見ることが困難で僕は驚きを隠せない。
「こう言ったら失礼かもしれないけれど、すごく女の子らしくなってたから、本当、驚いた」
「えへへ」
僕の反応に満足したようで、ミュラは笑うと時代がかった仕草でスカートのを端をちょこっと掴むと優雅に一礼をしてみせた。
「先輩の方こそ背も伸びて、体つきもなんだか逞しくなって。・・・まあ、わたしはすぐに気がつきましたけど。今ならわたしに勝てるかもしれませんね」
口調や仕草はかわったけれど、雰囲気は変わってない気がする。
あの夏、遊んだあの頃と・・・。
あとがき
この話、本当はクレアさんとのデートの前の前座くらいにするつもりだったのですが、これも自キャラ愛故でしょう。
なんか長くなってしまったので番外編扱いです。
過去回というか、相撲回?
ミュラに倒されまくった主人公が変な性癖に目覚めないことを祈ります。
PSO2では非力でダメージが与えられないミュラですが、作中では結構パワフルなキャラということで。
あと、舞台のイメージをつかむために取材をしたりもしました。
地元にあるお社です。奥に見える石段は実際には昭和ゴジラ並み。
登ったところ。草ぼうぼうで遊ぶには危ないですが、作中ではもう少し綺麗なイメージで。
きっとミュラ達がが手入れをしてるのです。
まあ、こんな感じ?
さて、PSO2でのチーム名が「ふぁるぷ」となったので、タイトルを変更しました。
いまいちしっくりきてないのでまた変わるかもしれません。「ふぁるぷだいありぃ」って全平仮名で読みにくいですね・・・。これもまた(仮)ということで、いいタイトル思いついたらまた変えます。
仕事が忙しくなって、これから先更新が遅くなるかもしれませんが、しょうがねーなーくらいに思って、期待しないで待っていてくれると助かります。
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