PSU二次創作SS第3話「渚のガーディアン」
おことわり
この作品は、セガから発売されているオンラインゲーム。ファンタシースターユニバースシリーズを元に、勝手な解釈と設定を持ち込んで書かれた二次創作物です。
そういったものが苦手という方や、不愉快に思うファンの方もいるかと思います。
まして、作者は素人であり文章もあまり読みやすいものではありません。全ては作者自身の自己満足のために書かれたものですので、本来読むことをお勧めはいたしません。
しかし、どうしても読んでやる!!という方は、後の感情の処理は全て自己責任で読んでいただけると助かります。
第3話「渚のガーディアン」
「前方ニ見エマスノハ、マタラ支局自慢ノ発電塔デアリマ~ス!壁面ニハ130枚ノ太陽光発電ノパネルガハメ込マレテイルデイルデアリマスヨ」
ほほう・・・。と、僕は発電塔をみあげた。
「全高17.5メートル。最大デ920kwノ電力ヲ生ミ出セルデアリマスヨ~」
ミズチはといえば、僕の前を元気に飛び回っている。いや、比喩でなくて実際に飛ん出るからこっちもなかなかついていくのが大変だ。
どんどん進んでいくミズチの後を僕はやっとの思いで着いていく。
「ココヲ見テ欲シイデアリマス。パネルノ間ニ隙間ガアルノガワカルデアリマスカ?」
ようやくミズチに追いついた。
なるほど。ミズチに言われた通り近くでみると、太陽光発電パネルは隙間を空けて配置されている。
へぇ・・・。実は中は空洞なんだ。
遠目には陽の光を反射してピカピカ光ってにみえたけど、近くで見ると実は塔の反対側が見えるくらいに隙間が開いていて、鉄骨もむき出しだ。
中を覗いてみると、たくさんの「短冊」のようなプレートが並べられていて、中を拭きぬける風がそれらのプレートを回している。
「中が風力発電の装置なんだね」
「ソウデアリマス。コノ支局ニハ、コレト同ジ物ガアト3基アルデアリマスヨ。コノ支局ハコレラ4基ノ発電塔カラノエネルギーデ、機能シテルノデアリマス」
フォトンよりも安定したエネルギーということで、電気エネルギーの研究は、最近なって見直されてきている分野のひとつだ。
グラール太陽系における資源不足は近年深刻化してきており、GRMを始め、幾つかの企業は共同して、太陽系外に向けての新天地開拓に向けた準備を着々と進めている。
そのための大型移民船の建造も、すでに始められているのだけど、その中にはフォトンを使わない完全に別のエネルギーだけで航行する宇宙船も開発されている。
それが、外宇宙への移民計画は実はダミーで、本命は別世界への進出を考えているのではないかという噂の根拠となっているのだけど、現在の所どの企業もそういったコメントを出してはいない。
「でも、夜や天気の悪い日はどうするんだい?出力はずっと一定じゃないだろう?」
「大容量ノコンデンサーニ、普段カラ電力ヲ溜メテイルノデ、非常時ニハソレヲ使ウノデアリマスガ、ソノタメニ、普段カラ電気の節約ヲシテルノデアリマス」
「なるほど、節約ね」
「ソウデアリマス。部屋ヲ出ルトキヤ、寝ルトキハ、チャント余計ナ灯リハ消スデアリマスヨ?夜更カシモ良クナイノデアリマス」
エネルギーの精製量の少ない夜間は、早く寝て無駄にエネルギーを使うなということだろう。
明日から大変だし、今日は早くに休むつもりだから、それは問題ない。
「そうだね、そうするよ」
ミズチは「ウム」と偉そうにうなずいている。
「自分ノ目ノ黒イウチハ、寝落チトカ許サナイデアリマスヨ?」
何だろう寝落ちって・・・?
ルウ達と別れた後、「局内ヲ案内スルデアリマス」とのミズチの言葉に甘えてみたものの・・・。
「次ハコッチデアリマスヨ~」
と、せわしなく飛び回るミズチには、着いて行くこっちは一苦労だ。
何度か、もっとゆっくり行くように頼んでみたけれど、どうもこのマシナリー。途中で言われたことを忘れるという機能が付いているらしい。
いつの間にか、元のペースに戻っているので、こっちも諦めて好きなようにさせている。
「ふぅ・・・」
発電施設から、支局の裏手へと回り、僕は大きく息を吐く。目の前には半球体の透明な建物。
「温室?」
「ウイッス。マタラ支局自慢ノ温室デアリマスヨ」
そういえば、このマタラ支局は
でも、局員でもない僕が入ってもいいのだろうか?
「僕が入ってもいいのかな?」
「大丈夫デアリマスヨ~。デモ、持チ出シタリ、食ベタリスルノハ禁止デアリマスヨ?」
「や、食べたりはしないって・・・」
ドアを開けて中にはいる。鍵を使わずともドアは開いたが、もしかしたらミズチが開けたのかもしれない。
ガラス張りの温室の中は蒸し暑く、土と葉っぱの匂いが鼻についた。
「うわ・・・。結構あるな」
「ココノ温室デハ、島デ見ツカッタ特有ノ植物ガ約100種類ホド栽培サレテイルデアリマスヨ」
ほほ~っと、眺めて見るだけでも、大小さまざまなプランター無秩序に置かれ、見たことも無い花や草が相当数栽培されているのがわかる。
「ソノ白イ花ノ根ッコニハ猛毒ガアルカラ、持ッテ行ッチャ駄目デアリマスヨ?ソッチノ花ノ種子ハ気分ガ良クナル薬ガ作レルトカデ、今研究中デアリマス」
中には可憐な草花もあったりして、僕がそれらに目が引かれると見るや、ミズチがすかさず解説してくれる。こういったところは、とても優秀なガイドだと思う。
「ミズチ、これは?」
隔離されたゲージの中におかれている、親指大の鮮やかな黄色い花。黄色い花の中に白くて丸い綿のようなのが混じっている。
「ソレハデアリマスナ~」
と、そのときだ。
「誰だ!?そこにいるのは!!」
急に男の声が響いて、僕は心臓が飛び出すかと思った。
みると、ヒューマンの男が一人こっちを睨んでいる。長く伸びた前髪から見えるシャープな顔立ち。
武闘家を思わせる、スマートな引き締まった身体に白いエプロンとゴム手袋があまりに似合っていない。
「ア、シェフ~~」
「お?ミズチか?じゃあ、あんたが今日来た客か」
若い男だ。僕と同じくらいじゃないだろうか?
ミズチがシェフと呼んでいたけど、見た目の印象は、料理人というより気の荒い、戦士か格闘家といったところだ。
「あ・・・。ディテクス・バーソロミューです。すみません。勝手に入ってしまって」
鋭かった視線が若干和らいだように見えた。
「ああ、ミズチと一緒だったなら勝手に入ったとは言わないさ。別にかまやしない。俺はソウライ。ここの厨房とこの温室を任されている」
「ソウライ・・・さん?立派な温室ですね。ガーディアンズの支局にこんな設備まであるとは思わなかった」
「ん?ああ・・・。俺のことはソウライでいい。お前のことは、何て呼べばいい?」
「よければディックと」
よかった、ややぶっきらぼうな口調。目つきも悪いが、なかなか気はよさそうだ。見た目よりずっと話しやすい。
「この温室では、この島で見つかった植物で食用や、薬草として使えそうなものを集めて栽培している・・・が、難しいのは局長や他の研究員たちの仕事だ。俺はというと、主にこっちが担当だ」
ソウライは畝に植に植えられた植物の前で何か作業中だったようだ。見たこと無い種類だったが野菜を育てているようだ。
「菜園ですか?」
「ああ。ここで必要な分は、ほとんどこの菜園でまかなっている。まあ、ここで育ててるのはちょっと特殊だから、本土からも運んでもらってはいるんだが」
そして、鮮やかな濃い緑色の葉っぱの前でかがみこんで作業を始めた。
覗いてみると葉っぱの影に、細長く伸びた実が見える。
ソウライはそれを一本一本丁寧に鋏で切って籠にいれていく。
見たことの無い野菜だった。
「どうだ?食ってみろ」
その実を一本渡された・・・。
って・・・。
「イテテ・・・」
なんだこれ!?棘が生えてるじゃないか!?
「ああ、悪い悪い」
ソウライはごついゴム手袋をした手でその実をこすって、棘をこそぎ落とす。
嫌がらせかと思った・・・。
あらためて受け取ると、艶やかな濃い緑色の表面はでこぼこだが、すべすべだ。
恐る恐る端っこをかじってみる。
ぽりっと、音がして最初に感じたのは微妙な青臭さ。
だが、意外と水分を含んだそれは、咀嚼するとほのかな甘みと、清涼感が口の中に広がる。
・・・ミズチに振り回されていたので喉も渇いていたから、ちょうど良かった。
「なかなか、いけるね・・・これ、名前は?」
「さあな。こいつは、この島で見つかった野菜で名前は今検討中だ。どうもここの土と水でしか、うまく育たないらしい」
それを聞いて、僕は、ぼりぼりとかじるのを止める。
「それって、貴重な物じゃないですか?」
「かまやしないさ。売り物になるほどの知名度も量もないし、ここの連中だけじゃどうせ食いきれん」
「そうですか」
遠慮なく僕は残りを全て平らげる。
ソウライは、それを籠に軽く半分ほど収穫すると立ち上がる。
「さて、俺はまだ夕食の支度があるからこれでいくが、植物はむやみに触ったり、食ったりするなよ?中には毒のあるものもあるからな」
・・・ミズチも言っていたが、勝手に食べるようなのがいるのだろうか?
「いや、勝手には食いませんって・・・」
「そうか?まれにそういうのがいるんだがな・・・」
それは、よほど空腹だったのか・・・。いや、いくらお腹が空いてても、勝手に見ず知らずのものを口に入れたりはしないだろう・・・。
世の中には、チャレンジャーもいたものだ。
「さて、今夜はお前の歓迎もかねて、この島の食材を使ったメニューにするつもりだから、期待していろ」
それは、確かにそれは楽しみだ。さっきの野菜もそうだけど、この島にはまだまだグラールでは知られていない食材もたくさんあるのだろう。
僕はよくフィールドワーク先でその土地の食べ物を食べたりするが、それが結構面白い。今の野菜もそうだが、ここは結構『当たり』が多そうで期待大だ。
「ああ、そうだソウライ」
「うん?なんだ?」
僕は温室を出ようとするソウライを呼び止める。
「ソウライ・・・。下の名前は?」
「本名か、忘れたな」
・・・この男、本当に堅気の料理人なんだろうか・・・?
ミズチに支局内を案内してもらった後、僕は支局が接岸している離島の方に足を伸ばしてみることにした。
離島は周囲1キロメートルも無い無人島で、支局とは仮設橋で繋がれていて、自由に行き来することが出来た。
ミズチはあらかじめ『何モナイデアリマスヨ?』とか言っていたけれど・・・。
そんなことは無いと思う。
島の周囲は白い砂浜で囲われ、パルムのリゾート施設、パラパカナ海岸にも勝るとも劣らない美しい景観を作り出していた。
島の中心部は、鬱蒼とした森で、日没も近いこの時間に入るのはさすがにためらわれたので、海岸沿いを一周してみることにした。
波が高く、海からの風も冷たいので今は泳いだりは出来ないが、気候の良い時期に来ていればきっと最高のバカンスが満喫できたのではないだろうか
ふらふらと散歩しながら、そんなことを考える。
・・・さすがに海で遊びたいからという理由では、入島許可が下りないだろうけど・・・。
「ほぅ・・・」
島の西側に来たとき、つい声が出た。
夕日にてらされて、橙色に染まった海岸線。
沈もうとする太陽が、こんな色を出すなんて僕はずっと忘れていた。
すごいな・・・・。
僕はその光景に心をうばわれる。そういえば、以前夕日を見たのはいつのことだろう・・・?
心の奥底から沸き起こる、懐かしいような、もの悲しくなるような感覚。
「ドウシタデアリマスカ?」
不思議そうにたずねてくるミズチの頭をそっとなでる。
高性能なこの子の感情プログラムにも、さすがにセンチメンタルとかノスタルジックというものは無かったようだ。
「オヤ?アレハ?」
砂浜には僕たちよりも先客がいた。
大人が6人子供が1人。
失礼・・・。その子供の頭には見覚えのあるポニーテール。
あれはミュラさんだ。
あとの6人は統合軍の兵士のようだ、無骨な装甲に身を包み、やけに揃った動きをしているようにみえる。
「アソコニ見エルハ、『ミュラ』ト『タマモ』デアリマス。ガイスト君達連レテ訓練中ノ様デアリマスナ」
兵士に見えたけど、違うようだ。たしかにここに統合軍の兵士がいるわけが無い。
なるほど、ガイストね・・・。
ガイストというのはマシナリーのなかで、人型のものに使われる呼び方のひとつだ。
そのため、外見だけではキャストと非常に区別がつきにくいが、実際キャストとと呼ばれる種族の人間は、ガイストなどマシナリーとは中身がまったく違う。
彼らは機械でありながら、非効率なほどにヒューマンに近い身体の構造をしている。見た目、骨格、内蔵、筋肉、脳の構造にいたるまでだ。
それらを捨てれば、以前の種族間戦争で多種族をいくらでも圧倒できただろうけど、彼らがそれをしなかったのは、今ではグラール最大の謎の1つとされている。
実際それをキャストに聞いてみたとしても、彼らはそれに答えてはくれない。たぶん彼らにも合理的な回答が出来ないのだろう。
ただ、キャストのとって、ガイストのような人型マシナリーは、見ていて面白いものではないらしい。
自分たちと似て非なるものが、多種族に使われるのが種族的感情を刺激するのだという。
キャストが本来ヒューマンに労働力として生み出されたことを考えると、分からないこともない。
・・・とはいえ、キャストが支配するパルムでも、ガイストの製造や運用を法で禁止したりしてはいないのは、労働力としての有用性の他になく、そのあたりは感情より合理性を優先するキャストらしいところだろう。
それにしても、無骨なガイストを6体もつれて訓練とは、いったい何をするつもりなんだろう?
「コレハ面白イモノガ見レルデアリマスヨ。コッソリ見学スルデアリマス」
ミズチに促されて僕は砂浜から森の方へと移動する。そして、ミズチに従ってこっそりと様子を伺うことにした。
ミュラさんは身体を曲げたり、伸ばしたりと準備運動中だ。これから何か激しい運動をしようとしているのはわかる。
前屈・・・。結構身体は柔らかいみたいだ。
「戦闘訓練?何を始める気なんだろう?」
見た目小さくて、清楚な感じのする彼女だ。フォトンの扱いに長けたニューマンであることだし、テクニックが得意だったとしてもおかしくない。
訓練校を短期間で卒業したことを考えると、相当な使い手だと予測もできるけど、そんな使い手がこの穏やかな島に配属されているのは、人手不足のガーディアンズにおいては少し説明が付かないところではある。
正直、彼女が戦うところなんて想像できないのだけれど・・・。
「『ミュラ』ハ結構何デモ出来ルデアリマス。デモ好キナノハ近接格闘戦デアリマスヨ?」
・・・今なんていいました?・・・このマシナリー、冗談まで言えるらしい。
「『ミュラ』ハ剣豪デアリマス」
剣豪って意味分かって言ってますか?ミズチさん。
あの子をどう見ると、そんなごっつい言葉が出てくるというのでしょう?いや、人は見かけによらないっていうけど、さすがにね・・・。
「・・・テクニックとかが得意なんだと思ってたよ」
攻撃とかより、回復とかが。
「第一種戦術法士ノ免許モ持ッテルデアリマスヨ?ケレド、コッチノホウガ好キミタイデアリマス」
テクニック使いとして、実戦レベルということだ。で、攻撃テクニックが撃てるのに、あの小さな身体で剣を使うというのだろうか?
彼女が剣を振り回す姿を想像・・・出来なかった。いや、振り回そうとしている姿なら簡単にできたけれど。
『剣豪のミュラさん』は、さすがにあの清楚でおとなしそうな彼女とはイメージが合わない・・・。
・・・しかし、僕がミュラさんに抱いていたイメージが木っ端微塵に粉砕されるのにその後一分と掛からなかった・・・。
「タマモ。近接戦闘プログラム起動。レベル、ベリーハード」
「御意。1本目、始メデゴザル!!ガンバルデゴザルヨ、ゴ主人!!」
6体のガイストと対峙して、一礼。ガイスト達もそれに習う。
ミュラはナノトランサーから実体化した剣を握る。得意の双剣。ガーディアンズに入隊したときから使っているヨウメイ社製の高級品だ。鋭角的な刀身は本来すさまじい切れ味を持つが、今は訓練のため、「真引き」になっている。
ミュラが構えると同じく、取り囲んでいた6体のガイストも、それぞれフォトンセイバーを構える。
ミュラの正面の一体が動いた。
・・・単調だが早い。自我こそ持たないが、身体の性能は生身の種族の比ではない。もしぶつかれば、ミュラの小さな身体など、ひとたまりも無く跳ね飛ばされてしまうだろう。
その勢いで、ミュラへ向けて斬りかかる。
同時に背後からも一体向かってきているのが分かる。
まずは前後からの挟撃・・・。同士討ちを避けるため同時に6体が斬りかかるのでは無く、まずは第一波。
しかし、こっちが攻撃を避けようと左右どちらかに動いたとすれば、必ず取り囲んでいる4体がその背後を狙ってくるだろう。
先にどちらかに狙いを絞り、討ち倒したとした場合、待機している4体のうち2体以上が襲って来ることは間違いない。そうなると後ろのと合わせて最低3体を同時に相手にしなければならなくなる。
ならば、2対1で来てくれてるうちに2体を倒してしまう。
後のことはそれからだ。
前後の敵を同時に対処することを、ミュラは咄嗟に判断する。
正面の相手に半歩踏み出し、後方の敵との接触時間にわずかな誤差をつくる。
相手の剣が振り下ろされようとする瞬間、こちらの剣を振り上げる。わずかに弧を描いて振りあがったミュラの剣が相手の剣をいなし、その機動をそらす。
そして、隙の出来たところに一刀両断に振り下ろす。
これで1体。
振り向いて後ろから来るもう一体に備える。最初に半歩動いたのはこの、この振り返るための時間を稼ぐためだ。
袈裟懸けの一撃を、もう一方の剣を同じように振るい、相手の剣をはじき、首すじを一閃。2体目を倒す。
飛燕の型とよばれる応じ技だ。振り上げる動きで相手の打ち込みをいなし、返す刀で相手をしとめるミュラの得意技。
高い反射神経と動体視力を必要とするが、ミュラは日々の修練と、ある才能で、今では両手の剣でそれを行うことが出来る。
残り4体。ミュラは一番手近にいた1体に向けて加速する。迎え撃とうと繰り出された突きを、身体を深く沈めてかわし、大きく踏み込んで加速。瞬発力が小柄で軽い身体を逆に武器に変えて、その背後に回り込んで斬りつける。
3体目を倒すのと同時に囲みを突破。正面からの3対1。
相手の剣を受けたり、打ち合ったりしないのがミュラの戦い方だった。
それはフィジカルに恵まれなかったミュラ独特の戦法。
日ごろの訓練で、体格の割りに力はあるとはいえ、それでも戦闘モードのガイストとは比べるべくもない。40キロにも満たないミュラの身体など、彼らにとっては風船のようなものだ。
まともに剣を合わせようものなら、ミュラは体ごとはじかれてしまい、まず勝負にならない。
そのためにミュラは剣術を始めて以来、体捌きや、相手の力をいなす技の訓練をずっと続けているのだ。
アンドロイドは今度は3体で同時攻撃を仕掛けてくる。
一体は上段から。一体は横薙ぎに斬りかかり、もう一体は切っ先をまっすぐ向けて突きを放つ。
すれ違いざま、上段から来る相手を「飛燕の型」で倒すと次に一瞬遅れてきた、横薙ぎの一撃をもう片方の剣で同様にそらし、そのまま相手を刺し貫く。
最後に襲ってきた突きを身体をそらしてかわし、ミュラは後方へと大きく跳躍して間合いをとる。
残る一体がミュラへ向かって斬りかかるが、やはりその剣はミュラを捉える事はできず、ミュラの剣が弧を描き、それで勝負は着いた。
「・・・。タマモ、時間は?」
「16秒36。マアマアデゴザルナ・・・」
「イツモナガラ見事デアリマス」
ミズチの声に僕は我に帰った。
声も出なかった・・・。というか、息をするのも忘れていた。
あっという間の出来事。
あの小さくて可愛らしかったミュラさんが、大柄なガイスト6体を瞬時に倒してしまったのだから、こっちとしては開いた口を閉じるのもわすれて、驚く他は無い。
ガイスト達にしても、決して弱くはなかったはずだ。動きを見る限り、一般人がどうこうできる物ではなかった。
もし、僕が相手をしていたならば、1対1でもひとたまりもなかったと思う。
とにかく、僕は担当のガーディアンズが可愛い女の子だったことに浮かれていたけれど、認識をあらためなくてはいけない。
担当のミュラさんは、小さくて可愛いけれど、僕なんて足元にも及ばない剣の達人だ。
あれだけの腕があれば、戦闘技術の単位を一発試験で通すことが出来るだろう。
僕がほうけている間に模擬戦は二本目がはじまっていた。
やはり20秒と掛からず決着がつく。
続いて3本目、4本目と見ている間に僕の目もだんだん慣れてきて、戦闘の様子がだんだんとわかるようになってきた。
小柄な身体が、くるり、くるりと機敏に動き回り、ガイスト達を翻弄する。まるで全周囲が見えているかのように、6体の動きに完全に対応しているのがすごい。
まるで、相手の一挙一動を全て把握しているかのようだ。
また、打ち込む時は全身を使って豪快に打ち込む。それが実に躍動的で美しい。
僕はこれで気がついた事がある。
ミュラさんが使っていた剣技。あれは真剣を使うためのものだ。
ガーディアンズの訓練校でも剣術は必修であるが、不殺が原則のガーディアンズでは斬ることより当てることを重視した剣術を教えている。フォトンの武器というのは便利で、非殺傷モードでも当てることさえ出来れば、相手の生体フォトンを乱して気絶させたり、動けなくすることができるからだ。
そのために、ガーディアンズでは、効率よく相手に当てるため、手首を利かせた柔軟で変化に富んだ剣の扱いを教えている。
しかし、ミュラさんの剣の使い方は全くちがう。あれは刃で対象を「叩き斬る」ためのもの。
ミュラさんの打ち込みが、大きく、豪快に見えたのはそのためだ。
疑問に思っていたミュラさんの経歴。
僕はガーディアンズに入る前に、ミュラさんが何をしていたかが推測できた気がした。
真剣を使う剣術は、競技としてなら世界中にあるけれど、実戦で使えるレベルを教われる場所となるとかなり限られる。
その中で最も考えられるのは、グラール教団だ。
実は僕の母方の祖母は、グラール教団の本山である昇空殿で作法の師範をしていたりする。それで僕はよく祖母に連れられて、教団の施設にいくことがあったのだけど、そこで警衛士の訓練をみたことがある。
そこでは、真剣を使った剣術の訓練を行っていた。その時見た、大振りな動きが今のミュラさんの動きに重なって見えたことからの推測だ。
だから、たぶん間違いないと思う。ミュラさんはたぶんガーディアンズに来る前に、教団にいたのではないだろうか?
それなら、戦闘技術の他にも、グラール教に関する講義も試験でパスすることができるはずだ。
ただし、その推測が正しいとなるとまた1つ疑問が出てくる。
それは、教団から出るにしては、ミュラさんはまだ若すぎるということ。
星霊、フォトンを信仰の対象とするグラール教団は、この世界で最大の宗教ではあるが、実際にはニューデイズという惑星を1つ統治する、行政機関でもある。
かなり砕いていうなら、ニューデイズで教団関連の仕事に就くというのは、かなりのエリートとだということだ。
また、治安のいいニューデイズでは、警衛士になるのも狭き門らしい。
さらに付け加えるならば、グラール教では『出会い』をとても重んじる。人との出会いは全て『星霊のお導き』と考えるような宗教なのだから、当然隣人との絆も深く、組織内での結束も堅い。
そんなところから、15歳の若さで民間警備会社に再就職。
・・・よほどの理由がなければ考えられることじゃない。
砂浜での6対1の模擬戦は今もう10本目に入っている。
結構ハードに見えるけれど、ミュラさんの動きに陰りは見えない。
それどころか、動きは一層鋭さを増し、攻略のペースも速くなってきているように見える。
訓練の邪魔をするのも悪いけど、このまま立ち去るというのも寂しい。
さて、どうしようかと思っていると・・・。
ああ・・・。何てことだろう・・・。なぜか図ったかのように、足元には振り回すのにちょうどよさそうな棒が落ちてるじゃないか!?
「ミズチ、ミュラさんはシールドラインをつけているかな?」
「ウイッス。ミュラハ準備万端デ訓練シテルデアリマスヨ?」
よし、ならちょっとぐらい無茶しても大丈夫だろう。
「何スル気デアリマスカ!?」
「静かに、ちょっと試してみようかなと」
棒を拾って軽く振ってみる。よし・・・。
別に僕は、「強い奴と戦うのが好きだ」とか言う、バトルマニアとかじゃない・・・。これは好奇心とちょっとした悪戯心。
剣術なんて、訓練校を出てからずっとやってなかったし、成績もそんなに良くは無かった。
背後からの不意打ち・・・。
なんか昔どこかの映画で見たことがあった。
剣の達人の主人公に、悪役が不意打ちをしかけるという、定番のパターン。
大抵それは、邪魔が入ったり、返り討ちに合うのだけれど・・・。
・・・実際やってみたらどうなるんだろう・・・。
幸い、達人をかばったりする邪魔者もいなさそうだし。
ミュラさんが、残心をといた瞬間を狙おうと、そろり、そろりと木の後ろに身を隠しながら僕は少しずつ近づいていく。
息を殺して木の陰からチャンスを待つ。ミュラさんの模擬戦はもう12本目。
もともと真剣を使った剣技は、全身の筋肉を使って打ち込むので体力の消耗が激しいはずだ。
さすがにそろそろ、体力的にもきつくなって来てるころだろう。
・・・最後のガイストが倒れミュラさんが剣をおろした。今だ!!
僕は木の陰から駆け出す。距離は10メートルも無い。
背後からの急襲。どうする?ミュラさん?
「ム、曲者デデゴザル!!」
ミュラさんの傍にいたマシナリーが声を上げるがもう遅い。一足一刀の間合い。僕は力いっぱい地面を踏み込み、上段から振りかぶると・・・。叫ぶ。
「殿中でござるっ!!」
振り返ったミュラさんと目が合った・・・。特に表情は見えなかったけど・・・。
背筋が凍りつくような感覚。
一発で射竦められ、腰が引け足から力が抜ける、けれど今更止められるか!!
「お覚悟ぉぉぉ!!」
気合と共に、棒を振り下ろす。
念のために言っとくけど、良い子も悪い子も、絶対にこんなことはしてはいけない。
しかし、振り下ろした棒はむなしく空振り・・・。ミュラさんの姿は僕の視界から消えていて・・・。
「あら?」
胸のあたりに、何か柔らかいものが当たる感触。
勢いよく世界が回ったと思ったら、僕は地面に転がっていて・・・。
そのまま何秒かが過ぎてから、ようやく投げられたんだと気がついた。ミュラさんを殴らずに済んだのだから、まぁ、よかったのかな。
打ちつけられた衝撃が、じわじわと身体の中へと伝わってくる感覚に、大事なことを思い出した。
・・・そういえば・・・。僕はシールドラインを着けていなかった。
「もう!!誤りませんからね!!」
ひっくり返ってる僕を見下ろして、ミュラさんがぷりぷりと怒っている。
頬を膨らませて怒ってるのが、ごめんなさい。悪いけど、かわいいと思ってます。
さっき一瞬、本気で殺されるかと思いましたから・・・。
「ごめんなさい。僕が一方的に悪かったです」
「まったくです」
「ゴ主人ヲ闇討チスルトハ、下手シタラ死ヌトコロダッタデゴザルヨ?」
「ま、まじですか・・・?」
「マジ、デゴザル。」
ミズチでも思ったけど、ここのマシナリーのしゃべり方は何かおかしい・・・。
ご主人と呼んでいるから、このマシナリーはミュラさんの支援機なんだろうけど、この変わったしゃべり方。どこの方言だろう・・・?
「そういえば、君は?」
「拙者ハ、タマモト申ス。以後オミシリオキヲ」
「うん、よろしくね」
しかし、タマモの言うように、もし、ミュラさんが僕の悪戯を、本当に暗殺しようとしたのだと勘違いしたとすれば・・・。僕はどうなっていたのだろう・・・。
今更ながら、自分のしたことがいかに軽率だったかに気づかされて僕は大いに反省する。
ミュラさんはとっさに気がついて、手加減してくれたのだろうか?
「シカシ、サッキノ『スクイ投ゲ』ハ綺麗ニ決マッタデゴザルナ。先日ノオウトク場所千秋楽デノ『居斬』ト『春美音』ノ一番ヲ思イ出シタデゴザル」
「わたしのイメージは2日目の頑龍かな?」
「ムム。ゴ主人ハ『頑龍』ガゴ贔屓デシタナ」
「ん。うまく決まったと思う」
・・・なんですって・・・?
・・・本当は、余裕でもっと穏便な対応が出来たのではないだろうか?
しかし、何と言うか・・・。ミュラさんには年頃の娘さんには珍しい、渋い趣味があるようだ。
もっとも、今は黙っておくことにする。
とにかく許してもらえるまでは、謝罪あるのみ。
「本当に申し訳ございませんでした」
しかし、「ふんっ」とそっぽを向かれてしまう。
ミュラさんの頭のポニテールの跳ねる動きに心を奪われながらも、どう宥めたものかと頭を悩ませる。これは結構難物かもしれない。
また、意外なところでもう1つ奇妙な対立が起こっていた。
「ミズチ殿モ止メナイトハ職務怠慢デゴザルヨ?」
「タマモガアノ距離マデ警告シナイトハ、予測シテナカッタデアリマス。レーダーノメンテナンスヲオ勧メスルデアリマス」
「ム?拙者ノ機能ニ問題ハ無イデゴザル。任務中以デノレーダーノ使用ハ、個人ノプライバシーニ関ワルノデ原則禁止デゴザル」
「訓練場所ノ安全確保ハ我ラノ任務デアリマス」
責任の所在を巡って言い争いを始めている2機のマシナリー。本当に個性的なAIを積んでいるようだ。
面白いから、見ていようかと思った僕に反して、喧嘩をとめたのはミュラさんだった。
「タマモ、ミズチもやめて。悪いのは全部ディックさんです」
「御意」
「デ、アリマス」
争いをやめて、ぴしゃりと、言うことを聞く2機。どうやら責任は全て僕ということで納得したらしい。
・・・まあ、そうなのだけど・・・。
「すみません。つい出来心で・・・」
身体はまだ痛むけど、よっこらせと上体を起こす。少しでも平気に見せようという、ちょっとした見栄だったけど。
「あらら・・・?」
力が入らず僕はまた、仰向けに倒れてしまった。
ちょっとした脳震盪だろうか?頭もふらつくし、まだしばらくは無理そうだ。
「・・・ん」
ミュラさんの手が僕のおでこに当てられた。
「え?ちょっと・・・」
僕は急に頭を押さえつけられて面食らう。
そこへミュラさんの手から、温かい「何か」が身体の中へと流れ込んできた。
それは一瞬で頭のてっぺんから、足の指先まで通り抜けていく。ミュラさんの手が離れたときには身体の痛みがすっかり消えていた。
これは、回復テクニック・・・。訓練校にいたころは何度もお世話になったけど、最近は見ることもあまりなくなった。それは、僕がそれだけ安全なところにいたということだけれど。
彼女の長い耳に目が行く。彼女はテクニックの扱いに長けた種族。ニューマンだった。回復系のテクニックを使えてもおかしくは無い。
「どうですか?」
「ありがとう。もう平気です」
頭のほうもすっきりしていて、僕は、軽い動作で身体を起こしてみせる。
「ん。じゃあ、そこに正座してください」
「え?」
「正座」
「はい・・・」
どうやら、まだ許してくれるわけではなさそうです・・・。
僕は砂浜に正座させられていた。正面には同じく正座したミュラさん。しゃんと背すじを伸ばした姿が、なんとも様になっている。両脇にタマモとミズチを従えて、真剣なまなざしでこっちを見つめられて、今冗談とか言ったら、さすがに洒落ではすまないだろう気配だ。
だから、ちゃっかりそっち側にいるミズチに、突っ込むこともできやしない。
かわりに僕の後ろには、何故か、ミュラさんの練習相手だった6体のガイスト達が並んで正座していたりする。たぶんミュラさんの「そこに正座」という言葉に反応したのだろうけど、なんだか親近感が沸いてしまうのは、やられた者同士だからだろうか?
その後僕は、ミュラさんからこんこんとお説教を聞かされることになった。
訓練中に乱入した事がいかに危険だったかに始まり、僕の踏み込みの甘さを指摘されたかと思ったら、いつしか不意打ちに変な掛け声上げるなとか、その掛け声の台詞が変だったとか・・・。
どうも、ミュラさんは結構話が別方向にとんだりするようだ。思いついたことをつい口にしてしまい、いつの間にか論点があらぬ方向へと行ってしまっているタイプ。
「分かりましたか?ディックさん?もう、変なことしないでくださいね?」
結局そこに戻るまでに、たっぷり10分以上は掛かっていたと思う。
もちろん、突っ込みも文句も言ったりはしないけれど・・・。また、長くなりそうだし。
「はい。もう二度としません」
『へへぇ~~』という感じで、平伏するしかないでしょう・・・?後ろのガイスト君たちも何故か付き合ってくれてるし。
「コレニテ一件落着デゴザル」
・・・なんか、オチまでつけられてしまった。
「君の剣技だけど・・・。あれって、真剣を使うための技だよね?もしかして前は教団にいたのかな?」
「えっ?」
ミュラさんの驚く顔をみて、僕は自分の推理が当たっていたことを確信する。
「ああ、ごめんね。以前教団の警衛士の訓練を見たことがあったんだ。僕の祖母が、昇空殿で作法の師範してて、僕もよくそれに付き合って遊びにいっていたから」
ミュラさんは無言でじっと僕の顔をみる。
その表情がお説教の時と違って、やや放心した感じでなんだか妙に色っぽかったので、こっちはさっきよりより緊張してしまう。
「いや、そこで真剣の訓練を見たからそう思ったんだけど・・・。ミュラ・・・さん?」
ミュラさんはそれには答えず、じっと僕の顔を見てそして。
「あの・・・。もしかしてお婆様は、ナズナ流作法家元のスズリ・ナズナ先生ですか?」
とても大層な肩書きで呼んでくれましたけど、たしかにうちの婆様・・・、祖母の名前だ。
「ええ、知ってたんですか」
「ん・・・」
なんだかとてもうれしそうな様子で、ミュラさんの顔が綻ぶ。
そうなのか。伊達に『星霊主御用達作法指南役』とか呼ばれてるわけじゃないんだな。うちの婆様。
結構教団内では結構知名度が高いようだ。
「わたし、スズリ先生にお世話になっていたことがあるんです。こっちに来てからはずっとご無沙汰しているんですけど。先生はお変わりありませんか?」
そうだったのか。でも結構意外だな。婆様は肩書きが大層なだけあって、教団内では相応に来賓待遇で、だれでも面倒をみているというわけではない。
つまりミュラさんは、教団内でそれなりの地位にいたということになる。
「うん。最近僕も直接会ってはいないけど、元気にしているよ。相変わらず厳しいけどね」
最後に話したのは、SEED事件の収束が宣言されて、お互いの無事を確認したときのことだ。
婆様は教団本部で保護を受けていたようで、被害の大きかったGコロニーに住む僕や両親の無事を喜ぶ姿をおぼえている。
「そうだ、おやつにしませんか?稽古が終わったら食べようと思っていたお菓子があるんですよ」
おやつ?お菓子?今からですか?もうすぐ夕食なのですけどね・・・。夕食前に間食なんて、婆様が聞いたらきっと二言、三言あるところですよ・・・?
ミュラさんは婆様の教え子では無いのだろうか?関係を聞いてみたかったが、すっかり機嫌をよくしたミュラさんが、僕の横に座りなおす。
その距離が思ったより近く、つい緊張してしまったので、聞くタイミングを逃してしまった。
「はい。お口に合うといいですけど」
ミュラさんの手には、ニューデイズの名産ダンゴモチ。
白いダンゴモチが串に刺して4つ。艶のある、赤黒いこしあんがかけられている。
「あ、ありがとう」
口元に差し出されたそれを、僕はそのまま、ぱくりとくわえる。
うまい・・・。餡子はしっとりとしていて、甘さと舌触りがなんともいえない絶妙さだ。そしてどこか懐かしい風味。
ダンゴモチもやわらかくて、餡子とよくあっている。
「すごく美味しいよ」
・・・お世辞でもなんでもなく、本当においしい。
「お団子はわたしが作ったものですけど、餡子は今日、実家から送ってきたんです。うちのお父さん菓子職人なんですよ」
どんな菓子職人に育てられると、こんな娘さんが出来上がるんだろう・・・?という疑問は心の中にとどめておくことにする。
ためしに、お茶屋で団子やお茶を売っているミュラさんを想像したら、あまりに似合っていあたので笑いそうになった。
「もぐもぐ・・・」
横ではミュラさんもダンゴモチを頬張っている。
その幸せそうなその顔が夕日に照らされて、とてもきれいで・・・。
「ん?どうかしました?」
気がついたら、ついぼ~っと眺めてしまっていた。
「い、いや。どうしてガーディアンズになったのかなと思って。こんなおいしい餡子が作れるお父さんの後を継ごうとは思わなかったのかい?」
見とれてしまっていたのを、ごまかそうと、つい出てしまった言葉だったけど・・・。
・・・言ってから後悔した。
ミュラさんの表情から、幸せそうな顔が消えていたからだ。
「ご、ごめん。変なこと聞いちゃったね」
そうだった、『教団を出るには早すぎる』・・・この謎がまだ残ったままだったのだ。
この少女には、なにか教団にいられなくなった理由があるという可能性に気づいていながら、ずいぶんうかつだったとおもう。
僕は、とんでもない地雷を踏んでしまったのかもしれない・・・。
「いいんです」
ミュラさんは静かに首を振る。
「よかったら、聞いてくれませんか?わたしがガーディアンズに入った理由」
落ち着いた声音。まるで覚悟を決めたかのように、黒目がちな瞳が僕へと向けられる。
半ば虚勢でその瞳を受け止めつつ、僕は戸惑っていた。
あまりいい話ではないだろう事は、ミュラさんの様子から明らかだ。それを僕のような一依頼人に話すというのだろうか?
別にごまかされても、僕は追及したりはしないというのに・・・。
僕はその視線の前に何もいえず、ただうなずくことしかできなかった。
そして、ミュラさんは顔を伏せて、自分の表情を隠すようにして話し始めた。
「わたしには、目標にしてる人がいるんです」
体格さと光の加減で、うつむいたミュラさんの表情は見ることは出来ない。
でも、彼女が笑顔で話しているのではないことが、声から分かった。
「教団でわたしは、ある方の専属護衛官を勤めていました。その方。わたしの主には双子のお姉様がいらしたんです。すごく強い方で、わたしはよく稽古をつけてもらってました。わたしはその方から一本も取れたことがないんですよ?」
ミュラさんが一本も取れないほどって、それはどんな豪傑だろう・・・。
いや、そうじゃなくて・・・。
「その方は、ガーディアンズだったんです。とても強くて、綺麗な方。ディックさんも会ったらきっとびっくりしちゃいますよ・・・?」
ミュラさんが目標にしたいと思うような人なら、会ってみたいかもしれない。別に、綺麗な女性だからというわけではなく・・・。
「SEED事件の最中、教団内で事件がありました。一部の幹部がそのお姉さまを誘拐したんです。
わたしは、教団を抜け出しガーディアンズに救助を求めるという、主を手伝って、それが見つかり拘束されました」
教団内で誘拐事件があったというのか・・・。それも、ガーディアンズの隊員を?
・・・そんな話聞いたこともない。
教団についてはそれなりに詳しいつもりだったけど・・・。
隠された?それも外部に漏れないように厳重に・・・何故?
確かに教団は秘密主義ではあるけれど、今の教団のトップ、幻視の巫女ミレイ様は誠実な方だ。
多少教団の名前に傷がつくようなことであっても、教団幹部がひきおこした誘拐事件のような、大きな事件をひた隠しにはしないと思う。
「・・・しばらくして教団から脱出に成功した主が、ガーディアンズの援軍をつれてきてくれました。機会を見て脱出したわたしはそれに合流しようと・・・。でも、間に合わなくて・・・」
話をしているミュラさんの声が、だんだん聞き取りにくくなって、僕は気が着いた・・・ミュラさんが泣いてるということに。
「逃げ出した後、戦いになったんです。犯人は教団の重鎮だったから・・・。その人の護衛や、その場にいた警邏の人たちと。戦いの中でわたしは・・・、仲間だった人たちを何人も手にかけて、それでもミ・・・ィ様を護れなくて・・・。わたしは罪には問われなかったけど、教団にはいられなくなって・・・。ガーディアンズに入ったんです。救出されたお姉さま。・・・カレン様が・・・レィ様の後を引き継がれたから、わたしはその方の後を引き継ぎたかったから」
・・・その後ミュラさんはしばらく黙ったままだった・・・。
きっと泣いているのだろう。嗚咽を押し殺して。
僕はというと、この小さな少女が体験したあまりに大きな出来事に混乱して、掛ける言葉も見つからない。
・・・自分が所詮一介の民間人でしかないことを痛感させられた。すぐ横で泣いてる少女に何を言っていいのかすら分からないのだ。
僕がもし、彼女に負けない歴戦の戦士だったとしたら、彼女の気持もわかってあげられたのかもしれない。
彼女を楽にしてあげられる、言葉の一つもかけられたのかもしれない。
でも、今の僕は、事件の大きさと、話の重さに圧倒されて、何も思いつきやしない。何を言っても陳腐でおこがましく思えてくるのが、たまらなく悔しい。
「君の主、その方は今は・・・?」
「亡くなりました。わたしが着いたころには全部終わっていて、お姉様の方は無事に救出されて、犯人も逮捕されたんですけど・・・。抵抗されて、その時に・・・」
最悪だ・・・。
僕は天を仰いだ。
それは、聞きたくなかったな・・・。
ミュラさんが顔を上げたのは、それからすぐのことだった。袖で顔をこすりながら小さく「ごめんなさい」と謝る彼女を、僕は感心せずにはいられない。
本当に強い子だと思う。事件からまだそんなに月日はたってないだろうに・・・。
「そんな話をどうして僕に?まだ会って間もないというのに?」
簡単に人に話せるような話じゃない。少なくとも会って数時間の、仕事の依頼人に話せるような内容では決してない。
なぜミュラさんは、ここまでの話を僕に?
教団とガーディアンズが頑なに口を閉ざしている事件のことを、誰かに話したと知れたら、ミュラさんもただではすまないはずだ。
「・・・はじめて会ったんじゃ無いですよ?ディックさん」
なんだって?
「覚えていませんか?何年か前、先生に連れられて昇空殿にいらしたとき、一緒に指導を受けた子供たちがいませんでしたか?わたし、その中にいたんですよ?」
「・・・そんな・・・」
・・・そんな馬鹿な。驚きに言葉を失う。それは僕にとってあまりに衝撃的な告白だったから。
ミュラさんが、あの中にいた?
そんなはずがない。あそこにいた子達がこんなところでガーディアンズになってるはずが・・・。
・・・いや、さっきの話が本当ならありえるのか・・・!?
あれは今から5年前のこと。
そのころ祖母は何人かの巫女見習いの子供を預かっていた。
僕は祖母から、その子たちの面倒をみるように言われて、昇空殿に行ったんだ。ほんのひと月ほどのことだったけど、僕はその巫女見習いの子たちと勉強したり、遊んだりと、合宿のような感じで過ごしたことがあった。
忘れるはずもない大切な思い出だ。
「じゃあ、君はひょっとして、あの時一番小さくておとなしかった・・・」
「残念でした。わたしはその中では中くらいの背丈でしたから。わたしはつまみ食いしにいって一緒に怒られた子ですよ?」
「な!?」
なんですって!?
あのときのあの子がミュラさんだって!?
勉強も運動もよくできたけど、元気が良くて、一番手のかかった子。
つまみ食いの他にも、ご神木への木登りや、教団の偉い人の部屋に勝手に忍び込んだりと、結構洒落にならないことやらかして、祖母や僕を困らせてくれました。
相撲をして投げ飛ばしてくれたこともありましたね・・・。
あれ、あなただったのですか・・・。
僕は頭をかかえた。
星霊のお導きというのは本当に恐ろしい。
「・・・また君に投げられるとは、思いませんでした・・・」
「あはは。思い出しました?」
「頭が痛くなりそうなことを色々と・・・。でも、すみません。ずっと気が着きませんでした」
「いえ、仕方ないですよ。あのころはみんな同じ服装で仮面までつけてましたし、名前だって・・・」
そう・・・。あの時預かっていた子は、将来幻視の巫女になる可能性のある子供たち。
つまりは太陽系的VIPの候補者たちだった。そのため将来や身の安全のことを考えて、僕は彼女たちの名前や素顔を教えられず過ごしてきた。
彼女たちは僕の前では仮面をかぶり、偽名を使っていた。この子は・・・。
「きみはアキなんだね」
「ん」
なんとも安直で、適当につけたとしか思えない偽名。
ハル、ナツ、アキ、フユ。あのころ本当にこれで呼び合っていたのだから笑えてくる。
「適性が低かったから、わたしはあの後候補者からは落とされて、それからは警衛士として訓練してたんです。わたし、そっちの方が向いてたみたいで・・・」
まあ、そうでしょうね・・・。
正直、あのころ、『こいつが巫女様とか、絶対ありえねー』って、思ってましたから。
それにしてもあのお転婆がね・・・。
餡子職人の娘に生まれて、幻視の巫女候補。でもそれには選ばれずに警衛士になって・・・。
SEED事件を体験し、教団内の陰謀に巻き込まれ、今はガーディアンズになっている。
なんとまあ、忙しい星の定のもとに生まれてきたのだろう。
でも、これでいろいろと腑に落ちました。
女の子なのに、チャンバラや相撲が好きでやたら強かったり、お菓子好きでいつもこっそり持ち歩いていたり。
特にダンゴモチは大好物でしたね・・・。
可愛らしい容姿と言動に騙されていました。
あなた、立ち振る舞いは変わっても、中身は全然変わってないわけですね。あのころと・・・。
「どうしたの?お兄ちゃん?」
「お兄ちゃん言わない!」
絶対わざと言ったに違いない。みんな僕のことをあのころそう呼んでいたから。
変わってない。この子は全然変わってない。
「随分、女の子らしくなりましたね。おかげですっかり騙されました」
ちょっと仕返しに言ってやる。分からなかったくらいに女の子らしくなってたのは事実だから、褒め
言葉なんですよ?これは一応。
でもミュラさん、少し頬をふくらませて。
「む。騙されたとか言わないでください。わたしだって成長してるんですから」
「ふうん、成長ね・・・」
僕はミュラさんの身体をじっと見る。
ゆったりとした服装で、今ひとつ体型が分かりづらいのだけれど・・・。
見た感じ、発育良好とはお世辞にも言えないだろう。
「何が言いたいんですか!?」
心の中で考えていたことを見透かして、ミュラさんが噛み付いてくる。
何がも何も、あなた、あのころと背丈とか変わってないじゃないですか?
もちろん、口には言いませんけどね。怖いから。
でも、今の反応から、当人がそのことを気にしているのは間違いなさそうだ。
「喧嘩なら買いますよ?」
ごめんなさい。調子に乗りすぎました。
思いがけない再会に、僕も浮かれていたのだろう。でもこの程度の軽口を普通にいいあえるくらい以前僕たちは仲が良かったから、たぶん大丈夫だ・・・。
仮面で顔を隠し、偽名で呼び合う奇妙な共同生活だったけど。それでも僕たちは友達になれたんだ。あの時僕たち5人には確かなキズナが生まれていたと、僕は今でもそれを信じている。
だから、別れのときの寂しさは相当なものだった。彼女達とは二度と会うことはありえないはずだったのだから。
でも、これで合点がいった。
ミュラさんが、事件の話しを僕にしたことに合点がいった・・・。
「サテ、ソロソロ夕食デゴザルヨ」
いつの間にか結構時間がたってしまっていた。
「ん。いきましょうディックさん。シェフが今日は腕によりをかけるって、気合入れてましたから」
ミュラさんが立ち上がる。
「うん。そうだね・・・あれれっ?」
僕も立ち上がろうとして、それができず僕はまた砂浜に倒れることになった。
「だ、大丈夫ですか!?」
ミュラさんが慌てて声をあげるが・・・。
「すみません。足がしびれて・・・。これも回復テクニックでなんとかなりませんか?」
ミュラさん、僕をじ~っとみて。
「知りません」
ミュラさんはぷいっと後ろを向く。
「では、先に失礼しますね」
と言ってガイストたちを連れて、行ってしまった。
「デハマタ夕食ノトキニ」
タマモがちょこんと一礼するように、体をかたむけ主の下へと続く。
一団が去っても僕はそのまま横になったままでいた。
実は足がしびれたというのは、半分はお芝居だ。ずっと話を聞いていて、体がこわばってしまっていたけれど、動けないほどはなかった。
まあ、ミュラさんも気がついてただろう。自分でもバレバレな演技だったと思ってるし。
まあ、ほっといてくれたんだから、それでいいんだ。
「ドウシタデアリマスカ?夕食ニ遅レルデアリマスヨ?」
ミズチがふわりと、視界をふさぐのを僕はそっとどかす。
「ごめんね、もう少しだけ、このままでいていいですか?」
「フム・・・」
ミズチは僕の横に降りると静かになる。
ありがとう・・・・。と、心の中でミズチにお礼を言って、僕は日が落ちて群青色に染まった空を見上げた。
少し頭の中を、整理するしてみよう。
そして目を閉じる。
静かに深く息をして心を落ち着ける。考えごとをする時、僕はたいていこうしている。
さっき、ミュラさんが話した内容を頭の中で反復して、推測と仮説を交えて教団内でおこったという事件を考察してみる。
ミュラさんは、自分がある「お方」の専属護衛官だったと言っていたけれど、実際僕のような一般人に役職と名前を伏せないといけないような「お方」など、そうはいない。
もっともミュラさんは、つい名前を口に出してしまっていたけれど・・・。
『ミレイ様』ね・・・。
グラール教の象徴、現幻視の巫女ミレイ・ミクナことだと見て、まず間違い無いと思う。
元幻視の巫女候補だったミュラさんは、現幻視の巫女ミレイ様に使えていたということだ。
さて、問題は・・・。
僕は目を閉じて考えに集中する。
SEED事件中に教団内で起きたとされる事件で、ミレイ様が亡くなられていたということだ。
本当にそんなことがあったというのだろうか?
もちろんこれは話の中から、導き出した僕の仮説でしかないけれど、そうでなければ教団とガーディアンズが隠し続けている説明がつかない。
SEED事件の最中、もしミレイ様が亡くなられたことが公になっていたとしたら・・・。
グラールは団結して事件を乗り越えることが出来ただろうか・・・?
そして、ミレイ様に双子の姉がいたという事実。ガーディアンズだったというそのお姉さんというのが、ミレイ様の後を引き継いだというわけか・・・。
SEED事件が落ち着いた今でも、被害の収拾につとめる彼女の姿をメディアでも良く見かけていたけれど、まるで気がつかなかった。
自分を捨てて、幻視の巫女ミレイ・ミクナとして生きていくと決めたんだ・・・。ミュラさんが目標にしたいと思うのも分かる。
・・・さて、ある日突然グラールをひっくり返しかねない大スキャンダルを聞かされた僕はというと・・・。
・・・黙っているしかないだろうな・・・。
話をしてくれたミュラさんも、これが公になって騒ぎになるのを望んではいないだろうし、もし何かの間違いで僕の口から話が広がったとなったら。
ミュラさんはきっと僕を許さない。
敬愛するその人の気持を台無しにすることを、あの子は絶対に許さない。
そして、なぜ重要な秘密であるにもかかわらず、ミュラさんが僕にこの話をしたのか・・・。
それにはまず、この前提が必要だ。
たぶん僕は、ミレイ様と面識がある。
あの時、預かっていた4人の巫女の候補者たち。その中で、おそらく一番年上で、物腰の柔らかい女の子。やさしくて面倒見がよく、他の候補者の子達からとても慕われていた。もちろんお転婆のミュラさんからもだ。「お姉ちゃん」と呼んで懐いていたっけ。
ハルと呼ばれていた、あの子がおそらく・・・。
彼女のことは、今までも「もしかしたら・・・」くらいに考えていたけれど、今なら確信が持てる。
今のミュラさんの立ち振る舞いが、すっかり可愛らしくなったのも、きっとあの子の影響だ。あのお転婆があの子の言うことだけは素直に聞いていたのだから。・・・まったく、婆様も形無しだな。
さて、考えを戻そう。
ミュラさんは、きっと寂しかったんだ。
事件から時間だってまだそれほどたってない。それなのに教団から出て、ガーディアンズに入ってからも一人でずっと、辛いのを我慢していたんだろう。誰にも話すことができないから・・・。
そこへ、共通の思い出を持つ僕と会ってしまった。
親しかった僕と会ったことで、我慢してきたミュラさんの心の箍がついに外れてしまい、話さずにはいられなかったと考えるなら、一応筋は通る。
一通り考えをまとめて、僕は目をあけた。
「さて、ごはん食べに行くか」
「ウイッス」
僕はミズチの頭をひとなですると立ち上がる
明日から大変だからな。しっかり食べて、鋭気を養っておかないと・・・。
「貴様!!ミュラに何をした!?」
支局にもどったとたん、ものすごい剣幕のソウライが僕につめよってきた。
どうしたって言うんだ?急に・・・。怖いじゃないか。すごく・・・。
「え?何したって、僕は別になにも」
僕がしたことといえば、闇討ちしようとしたくらいだけど、それは未遂に終わって返り討ちにあったわけだし・・・。
ソウライがこんなに怒ることには心当たりが無い。
「シェフ~。落チ着クデアリマス」
「これが、落ち着いていられるか!あいつさっきルウに自室謹慎を命じられたんだぞ?お前さっきまで一緒にいただろう?いったい何があった!?」
・・・なんで知ってるかは置いといて、自室謹慎とは穏やかじゃないな。
ミュラさんがそんな処分をうけるとしたら、教団での事件を僕に話してしまったこと意外に考えられない。
でも、いくら怖い顔で迫られたからって、僕がそれをここでそれを言うわけにはいかないわけで・・・。
「いや、分からないって。僕は海岸で訓練を見せてもらって、その後ダンゴモチをご馳走になったくらいだから」
知らぬ存ぜぬを、通す他はない。あとは、ソウライが尋問だ、拷問だの強硬な手段に出ないことを祈るのみだ。
「なんだと!?お前、ミュラのダンゴモチを食ったのか!?」
しかし、意外なところでソウライの表情が怒りから、驚きへと変わることになったようだ。肩をつかまれる力は一層強くなってしまったけれど。
なぜ、ダンゴモチにそれほどまでに反応する?
「それが、どれだけ幸運なことかわかってるのか?」
何もそんなに興奮しなくても・・・。いや、ソウライの興味がそっちにそれたのなら、それでいいのだけれど・・・。
「たしかに、すごく美味しかったけど、それがどうかしたのか?」
「そのダンゴモチには餡子がかかっていただろう?今日、ミュラの実家から荷物が届いていたはずだ」
「うん。そんなこと言ってたよ?たしかお父さんが餡子の職人なんだって」
「・・・ミュラの父親はニューデイズ一、いや、宇宙一の餡子職人だ。ニューデイズの老舗『闇月庵』からの再三の誘いも断り、小さな村の外れで餡子を作り続けているという。彼の餡子は『闇月庵』の他数えるほどの店にしか卸されていない。あとは、昇空殿か。かの巫女様もお気に入りだと聞いている」
・・・そんなにすごい餡子だったのか。
「そして、ダンゴモチは先日ミッションに出る前にミュラがその手でこねて作ったダンゴモチ。あれほどのダンゴモチがこの宇宙に他にあるか?いや、無い!!」
拳を握って力説。ミュラさんが作ったというダンゴモチは、それだけで宇宙一の職人の作った餡子とつりあう物になるらしい。
・・・確かにミュラさんがあの小さな手で、生地をこねて団子を作っているのを想像すると・・・。
いや・・・、変な意味でなく、とても貴重なものに思えてきた。・・・本当に変な意味でなく・・・。
なるほど、そういうことか。
ソウライはミュラさんが好きなんだ。・・・そうだよな、可愛いし。
それでミュラさんのこと気にしてたわけか。
いや、案外二人はとっくに付き合っていたり?そういえば僕はここでのミュラさんのことを何も知らない。
・・・それが今、少し寂しく感じた。
「ひょっとして、ミュラさんと付き合ってるの?」
直球。ソウライのような(自称?)硬派なタイプにまどろっこしい聞き方しても、面倒なだけだ。
「な!?何を馬鹿言ってやがる!!俺は料理人として、最高のものを食ったお前をちょっと嫉妬しただけだ」
真っ赤になって否定。
うわ~・・・。こんな分かりやすい反応するやついるんだな・・・。
でも、なんだ・・・。付き合ってるわけではなさそうだ。
でも、ミュラさん昔から食べること好きだったし、ソウライは料理人でいい奴だし。このままいけば・・・。
・・・いや、邪魔しようなんて考えてないけど?
「ダンゴモチなら、言えばくれるだろう?ミュラさん意地悪したりする子じゃないし」
「そしたら、あいつの分が減ってしまうだろうが!」
・・・すまん。僕はそこまで考えられなかった。
喜べソウライ。ミュラさんへの想いは、間違いなくお前が宇宙一だ。
「まったく、そんなこと言ってるから、いつまでたっても進展しないんだわさ」
背後から変ななまりのある声がして・・・。振り返ると・・・。
うわっ、まぶしい・・・!?
・・・と、つい目を覆いたくなるぐらい、すごい美人のキャストの女性が立っていた。
印象的な白い肌と鮮やかな金色の髪、すらりとした、綺麗なスタイルをなぜか割烹着で隠している。
「うちのシェフが失礼しただわさ、あたしはここで用務兼受付やってるレノアだわさ。」
「あ、いえ、こちらこそお邪魔してます」
どこか不思議な訛りのあるしゃべり方。どこの言葉だろう。
「こら、レノア。サラダの用意はできたのか?」
「そんなのとっくに終わったじぇ。あとはメインの仕上げだけだから、呼びにきたんだわさ」
それで割烹着か。なるほど料理中だったわけだ。
「忙しいなら、全部あたしがやっちゃうじぇ?」
「やめろ、俺の料理が壊れる!!」
「だったら早く来るだわさ。もうみんな集まってるじぇ。準備さっさと終わらせて、ミュー子のところに差し入れでも持っていくだわさ」
「だから俺は別に・・・。って掴むな!!・・・お前も早く来いよ!?」
レノアさんはソウライの襟元をがしっと掴んで引っ張っぱっていく。傍目には目つきが悪く、『こわい系』なソウライに全く物怖じしている様子は無い。
信頼関係というより、力関係なんだろうな。
「なんだったんだ・・・?いったい」
二人を見送る僕としては、そういう他はないと思うんだ・・・。
僕の歓迎会にかこつけた、賑やかな夕食会。
ミュラさんはいなかったけど、誰もがそのことに触れようとはしなかったので、僕も触れずにいることにした。
ソウライが腕によりをかけたと言うだけあって、とても美味しかった。
クリスティ博士からも貴重な話しが聞けたし、他の職員の方も紹介してもらって、とても有意義な時間だった。
そんな中、少し席を離れた僕はルウに呼び止められた。
「ディックさん。申し訳ありませんが、こちらにサインをお願いします」
そういって、一枚の書類を渡される。
機密保持契約書・・・?
ああ・・・。やっぱりね。あの話、やっぱり聞いてただではすまなかったみたいだ。
そんなの無くても誰かに話すつもりなんて無いけれど、ルウ達ガーディアンズ側にも立場がある。
書面には、今後事件の真相が公表されたとしても、自分は知らなかったという事にしておけという内容も含まれていた。つまりは、全て聞かなかったことにしてほしいということだろう。もっとも僕はガーディアンズの人間ではないから、本来は聞く必要は無い。この書類へのサインは、ガーディアンズ側からのお願いでしかない。
ただし、こっちは人質をとられている。他でもないミュラさんだ。
僕がこれにサインをして、話を聞かなかったことにしなければ、ミュラさんは相応の処分を受けることになる。そうしたら、依頼はどうなる?
依頼を受けれる、ガーディアンズは今ここにはミュラさんしかいないのだ。当然キャンセルとなるだろう。
・・・誰も得することはない。いや、損得なんて関係なく誰にもしゃべる気はないけれど。
僕がサインすると、ルウはいつもの無感情な声で礼を言う。
「ありがとうございます。・・・これでミュラを謹慎させておく理由がなくなりました。よければミュラを呼んできてもらえませんか?ミュラから聞きました。あなたはミュラの過去を知り、とても親しい間柄だったとか。今あの子を呼びに行くのはあなたが適任でしょう」
そういうことなら喜んでいきますよ。
「わかりました。ミズチ、一緒に来てくれますか?」
「ウイッス」
とりあえず案内役を確保。次はソウライに声をかける。
「ソウライ、ここの料理、3人分くらいとっといてくれる?今から大食らいつれてくるから」
「心配するな。ちゃんと用意してある」
さすがに、言うまでも無かったようだ。
こうなることまでは予想してなかっただろうけど、後で差し入れに持っていこうと考えていたのかもしれない。
「じゃあ、シチューも温め直してくるじぇ~」
クリスティ博士達とお酒を飲んでたレノアさんも厨房へとむかう。
博士達も自分達の料理やつまみを取り分け始める。
温室で栽培された野菜のサラダに、島で獲れたという動物のステーキ。グリルにした魚。グラスに注いでいるのは、支局でこっそり鋳造してると自慢していたよくわからない果実酒じゃないか?
おいおい・・・。ミュラさんは未成年だぞ?まさか酒まで勧めたりはしないだろうな?
とにかく、ここにいる誰もがミュラさんのことを心配していたことは間違いないようだ。
「ディック~。早ク行クデアリマスヨ~?」
ミズチが呼んでいる。とりあえず彼女を連れてこよう。
ミズチの後を追いながら、僕はミュラさんと顔をあわせた時、何て言おうかを考えていた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
ためしに日記に上げて見ます。PSU小説第3話です。改訂のため予告無く消す可能性がありますのであしからず・・・。
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コメント
ミュラさんの戦闘シーンは私に似るものがあって、私は見やすかったですよ
「殿中でごさる!」
投稿: エトワール | 2011年8月12日 (金) 10時46分